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2009年 09月 24日
2009年9月23日(祝) 25名の参加で、晴天の中、船橋市取掛西貝塚の速報展と現地の見学会を行いました。 ![]() まずは、午後1時半~2時50分、船橋市飛ノ台史跡公園博物館で開催中の「船橋市最古の貝塚 取掛西貝塚速報展」を、発掘調査を担当された職員に解説していただきながら、見学しました。 ![]() 「取掛西貝塚から出土した日本最古級の動物儀礼に関する資料・土器・石器等の展示」ということで、約1万年前の住居址内のヤマトシジミ主体貝塚のはぎ取り断面や、儀礼に使われたシカとイノシシの復元頭骨、大浦山式土器(三浦半島に主に出土すう縄文早期の土器)、ツノガイ製のネックレースなど興味深い資料が展示されていました。 なお、展示品の撮影は不可でしたので、(撮ってもかまわないといわれた)展示パネルと見学風景の画像でお伝えします。 ![]() ![]() ![]() ![]() 撮影・ルポ By.sawarabi Y 2009年 09月 24日
2009年9月23日(祝) 船橋市飛ノ台史跡公園博物館「取掛西貝塚速報展」を見学後、午後2時50分に博物館を出発して、東葉高速線東海神駅発15:15下り電車に乗車、飯山満駅15:19着、徒歩で取掛西貝塚に向かいました。 ![]() 飯山満駅から北へ、坂を登りつめた東西に長い台地上に取掛貝塚が、その西に取掛西貝塚があり、現在住宅開発の真っ最中です。 台地の南側は急斜面、北はなだらかな斜面で、その下はどちらも海老川からの支流となっています。 遠くに船橋の市街地のビルが見えます。 ![]() ![]() 今回発掘調査されたのは住宅にはさまれた道路部分、その隣接地は未調査の畑。 盛り土がされているようですが、ヤマトシジミや獣骨も散在していました。 ![]() 撮影・ルポ By.sawarabi Y 2009年 09月 24日
2009年9月23日(祝) 取掛西貝塚に続き、谷をわたって北側、高根町の「ついじ台貝塚」「上高根貝塚」「唐沢台貝塚」を探索しました。 ついじ台貝塚=神明神社の東側に広がる貝塚 ![]() ![]() ついじ台貝塚の加曽利Eの土器片と貝がら ![]() 上高根貝塚=観行院の向かい側墓地の斜面 ![]() ![]() 唐沢台貝塚=神明神社の西方向、県道船橋・我孫子線を望む畑 ![]() 唐沢台貝塚から県道船橋・我孫子線に下り、秋葉神社前のバス停から17:15のバスで船橋北口下車。 17名の参加で、北口の居酒屋で懇親会を行いました。 ご案内いただいた船橋市の職員の皆様に感謝します。 撮影・ルポ By.sawarabi Y 2009年 09月 10日
八千代栗谷遺跡研究会 船橋市取掛西貝塚の展示と現地見学会のお知らせ 9月23日 午後1時半~3時、船橋市飛ノ台史跡公園博物館にて、 開催中の「船橋市最古の貝塚 取掛西貝塚速報展」 (取掛西貝塚から出土した日本最古級の動物儀礼に関する資料・土器・石器等の展示) を学芸員の解説をお聞きしながら見学します。 3時半から、取掛西貝塚周辺の貝塚の現地探索をします。 歩きやすい服装でおいで下さい。 終了後は、船橋駅近辺で懇親会を行います。 参加ご希望の方は、下記へ必ずご連絡ください。 ・連絡先:常松(090-1120-4098) または 蕨由美(sawarabi-y☆nifty.com ☆を@に変えて入力してください) 八千代市方面からの行き方 京成成田線普通電車 勝田台12:30=八千代台12:34=船橋12:56=海神12:58=徒歩15分 追伸:9月6日に蕨と常松で船橋市飛ノ台史跡公園博物館見学後の現地探索プランを立てました。 船橋市飛ノ台史跡公園博物館14:50出発⇒東海神駅発15:15下り電車に乗車=飯山満駅15:19着 ~徒歩15分~15:30取掛西貝塚~徒歩15分 ~16:00高根北貝塚・高根城跡などの周辺遺跡 ~徒歩15分~秋葉神社バス停(16:30発、17:10発、17:50発のいずれかの新京成バス) =船橋駅北口 上記でいかがでしょう。ご検討のうえご意見ご助言ください。 2009年 09月 10日
つくば市中台遺跡の土器 ![]() 2005.10.16 つくば市平沢官衙遺跡歴史ひろば案内所にて 撮影 By.sawarabi Y かすみがうら市栗村遺跡(旧千代田町)の壺1 ![]() かすみがうら市栗村遺跡(旧千代田町)の広口壺 ![]() 2005.11.3 小美玉市玉里史料館にて 撮影 By.sawarabi Y かすみがうら市下大津遺跡の壺 ![]() 2006.2.11 かすみがうら市郷土資料館にて By.sawarabi Y 2009年 09月 10日
1.和台遺跡(永国)の広口壺1 ![]() 2.和台遺跡(永国)の広口壺2 ![]() 2005.10.16 上高津貝塚ふるさと歴史の広場考古資料館にて撮影 By.sawarabi Y 2009年 09月 10日
1.原田北遺跡(土浦市今泉町)の広口壺1 ![]() 2.原田北遺跡(土浦市今泉町)の広口壺(底部穿孔)2 ![]() 3.原田北遺跡(土浦市今泉町)の壺 ![]() 3の口縁部ズーム ![]() 2009.9.05 上高津貝塚ふるさと歴史の広場考古資料館にて撮影 By.sawarabi Y 2009年 08月 11日
8月9日は、昼食後、午後2時から佐倉の国立歴史民俗博物館の西本豊弘先生の研究室をお訪ねしました。 そして鈴木正博さんが西本先生に預けてあった茨城県水海道市(現・常総市)縄文時代後期の金土貝塚の骨角器を手にとって見せていただきながら、鈴木さんから金土貝塚の遺跡の概要と研究史について、西本先生からは動物考古学的なの鑑定結果をお聞きし、縄文時代の骨角器について知識を深めることができました。 ![]() また常松さんが金土貝塚の位置を示す地図や論文などの資料を用意して下さり、金戸貝塚は、古鬼怒湾の加曽利(B2~B3)前後中心の貝塚で、骨角製品や貝製品がたくさん検出されていること、1903年の『東京人類学会雑誌』に載っている研究史上、重要な遺跡であることなどが理解できました。 金戸貝塚は三十年以上前、工事のために採取され、未整理の資料も多いとのこと。 資料の活用化を考え、鈴木正博さんの手元に預かっていた遺物を歴博の西本先生と共同で研究して、近いうちに報告されるとのことです。 分析対象の動物遺物・骨角牙器・魚骨製品・貝製品など 細かくてたくさんあるのは、汽水域にいるカモなどの中~小の鳥類の上腕骨が多いそうです。 ![]() 鹿角製の額飾り? ![]() 真中の玉は、大きなコイの咽頭歯製 ![]() ヘアーピン? ![]() タヌキの骨製の垂飾(ペンダント) ![]() 弓弭(ゆはず)? ![]() イモガイ・タカラガイ・ツノガイなどの装飾品 ![]() 2009.8.9 by.さわらびY(ゆみ) 資料の画像は国立歴史民俗博物館の西本豊弘先生の研究室にて撮影 2009年 08月 11日
船形手黒遺跡は、成田市台方字鶴巻にあって、印旛国造、伝伊都許利命の墓(公津原37号墳)、式内社である麻賀多神社奥宮、台方下平遺跡(古墳時代~奈良・平安の679軒住居跡)に隣接しており、公津原古墳群との関係が注目される遺跡です。 古墳中期の円墳(1号墳)からは、木棺直葬の細長い2つの主体部が検出されていて、そのうちの長い方にあった立派な石枕と立花、銅鏡などが、展示されていました。 常総地域に特徴的な「常総型石枕」と「立花」 ![]() 特に植田さんや高花さんが注目されたのは、弥生後期の1号土器棺墓 資料を見られた植田さんの推論では、「弥生後期の日常生活の土器2点を穿孔して土器棺の身と蓋(画像右下)に転用しているらしい。 1号墳とは無関係らしく、古墳が造られた際、堆積土の下に眠っていて弥生後期の墓としての認識が忘れられ、削られずに盛土の下に保存されていたとも考えられる」とのこと。 ![]() S字状結節紋の下の地紋は何で施紋されているのでしょう。 ![]() 間野台・古屋敷遺跡についても、中世の興味深い資料を見ることができました。 特に板碑は弘安七年(1284)~文明年間(1469~1487)までの形態的な特徴がはっきりしている4枚が並べられていましたので、時代的な特徴点を植田さんにレクチャーしてもらいました。 「古屋敷」の地名は地誌『利根川図志』の中に、「臼井古城図」に「字古屋敷」と記されていて、臼井・原氏のかかわる遺構と思われます。 ![]() 2009.8.9 by.さわらびY(ゆみ) 資料の画像は印旛郡市文化財センターの展示室にて撮影 2009年 08月 11日
8月9日(日)、21年第5回八千代栗谷遺跡研究会活動として、11人が午前11時京成佐倉駅集合し、午前中、印旛郡市文化財センターの展示室を見学しました。 印西市馬場遺跡の縄文時代後晩期資料、船形手黒遺跡の古墳出土資料や弥生土器、間野台・古屋敷遺跡の中世資料などが展示されていて、それぞれ興味深く見学しました。 ![]() 馬場遺跡(第5地点)から出土した骨角製品など昨年(2008)11月11日に、八千代栗谷遺跡研究会印西市資料&現地見学会で見ることのできた印西市馬場遺跡の縄文後晩期の特異な遺物(=注口土器・石冠・土偶など)のほか、大型土坑(241号土坑)から多量の貝類・獣骨に混じって107点の骨角器が発見され、展示されていました。 (2008.11.11の記録にリンク→アンダーラインをクリックしてください) 骨角製品は印旛郡内では出土例が少なく、大変注目される資料とのこと。午後の金土貝塚の縄文の骨角器を見せていただく際の予習として、熱心に見学しました。 出土した骨角製品などは、銛や釣針などの漁撈具、骨鏃・弭はずなどの狩猟具、簪・玉類・腕輪などの装身具と多岐にわたり、また、材料も鹿やイノシシの骨や角、牙、サメの歯、海洋性の貝など様々なもの用いていました。 ![]() ![]() イノシシの犬歯で作った垂れ飾り(左3点)と、鹿骨製の髪飾り) ![]() 耳飾り ![]() また、241号土坑の覆土中から、シカの頭骨、その上に縄文晩期の注口土器が完形で発見されていました。 ![]() 縄文の資料について、最後に斎藤弘道さんに、総括的な解説をしてもらいました。 ![]() 2009.8.9 by.さわらびY(ゆみ) 資料の画像は印旛郡市文化財センターの展示室にて撮影 |
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