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カテゴリ:☆2017シンポジウム特集( 11 )


2017年 03月 27日

「千葉日報」掲載の再葬墓シンポジウム聴講記紹介

佐倉市在住の宮武孝吉さまが「千葉日報」読者欄に投稿された2月19日の再葬墓シンポジウム聴講の記事をご紹介します。
宮武様には、心から感謝いたします。
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by yatikuriken | 2017-03-27 10:55 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 25日

講師の先生方と記念撮影

2月19日のシンポジウムのお昼休みに、講師の先生方の記念撮影。
ついでに、近くにいた実行委員も加わって、一緒に撮りました。
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by yatikuriken | 2017-02-25 14:39 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 22日

2.19岩名天神前遺跡シンポジウム速報 Ⅴ

公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」では、4人の講師のご講演のあと、午後3時から、春成・石川・設楽先生(春成先生いわく「HIS」トリオ!)に登壇いただき、小林青樹委員長の司会でパネルディスカッションを行いました。
司会から、①再葬墓の事態とは、②そのころ何を食べていたか、③再葬墓が消える時代とは、などをテーマに進めようと提案があり、各先生方のヒートアップした討論が繰り広げられました。

 この時代の特徴は、小さなムラが大きなハカを造った時代で、成人への仲間入りの抜歯⇒死者への仲間入りの葬儀が重要視され、再葬は究極の通過儀礼であった。
壺再葬墓の後に方形周溝墓が普及してきても、その溝の隅に立て掛けるような壺再葬墓が営まれ、また遺骨への執着は現代にも継続している。
 抜歯風習の系統から半族による双分性社会であったらしいが、土井ヶ浜では祖先系譜の違う2系統が一緒に再葬されていること、再葬用土器はアワ・キビ・イネ食に伴って普及する貯蔵用壺の転用で、一部は煮炊き痕もみられるとか。(人骨を煮沸したという春成説もあるが、儀礼の煮沸か?)
総じて、日本列島の弥生前中期は、九州ではイネ、東日本ではアワ・キビ主体の複合的農耕が入ってきた文化の転換点であり、そういう意味からも佐倉市の岩名天神前遺跡は、市民のみならず国民にとって重要な遺跡であり、また再調査や過去の調査記録の再検討も必要であると結論付けられました。

 午後4時過ぎに、シンポジウムの日程を終了、聴講の方々が退場したあと、講師の先生と実行委員、一部賛助会員の皆さんで記念撮影をしました。

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by yatikuriken | 2017-02-22 09:40 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 22日

2.19岩名天神前遺跡シンポジウム速報 Ⅳ

公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」の最後の講演は、石川日出志先生の「東日本弥生文化の変革」。
弥生時代は、縄文の伝統に大陸文化が波及する変貌の時代で、その変化は地域差に富む。壺再葬墓の時代は弥生前期~中期前葉までの関東~東北南部に限られた墓制で、縄文晩期の遺跡の場所に小集落が分散し、縄文のトチ・マメに雑穀と稲作の複合的な生業を営み、再葬の共同儀礼で結束していたらしい。
 そして、中期中葉に壺再葬墓が消え、方形周溝墓が定着する頃、本格的農耕社会が形成される変動の時代となる。
 スライドを駆使したアクティブなご講演で、弥生前中期の具体的な歴史の流れがよくわかりました。

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by yatikuriken | 2017-02-22 09:31 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 22日

2.19岩名天神前遺跡シンポジウム速報 Ⅲ

公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」午後の部の講演は、設楽博己先生の「再葬墓集団のくらし」と、石川日出志先生の「東日本弥生文化の変革」です。
設楽先生は、住居址や集落、農耕の証拠が少ない東日本の弥生初期~中期前半実態の中で、弥生前期の中屋敷遺跡の炭化種実が米とアワと少量のキビであること、イネの導入にシンクロする壺形土器の比率、土掘り具としての打製石斧の大型化傾向などから、この再葬墓の時代の農耕の形態についてわかりやすくお話され、最後に弥生中期後半の東関東の斜め上を向く人面付土器について、大洞C2式土偶の影響かという興味ある指摘をされました。

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by yatikuriken | 2017-02-22 09:25 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 22日

2.19岩名天神前遺跡シンポジウム速報 Ⅱ

公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」の講演の最初は、大塚初重先生の記念講演「シンポジウム開催にあたって-岩名天神前遺跡発掘の思い出」です。
1963年の岩名天神前遺跡での弥生の壺発見時の杉原荘介先生のエピソードを交え、調査により壺内から人骨を検出、再葬墓研究の突破口となった考古学史上の意義などを述べられた感動的なご講演でした。

続いて、春成秀爾先生の「再葬の世界」の講演は、「再葬」の意味と、縄文早期の上黒岩遺跡・縄文晩期の伊川津遺跡・弥生前期の土井ヶ浜遺跡・古墳時代の物井1号墳における再葬の風習、それらのなかでの岩名天神前の再葬墓について、興味深い内容でした

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by yatikuriken | 2017-02-22 09:07 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 21日

2.19岩名天神前遺跡シンポジウム速報 Ⅰ

 2017年2月19日(日)、一年以上前から準備してきた公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」開催の日。
朝早くから実行委員メンバーが佐倉市民音楽ホールに集合し、手際よく会場設営し、9時半ごろに入場者の受付を開始、10時半に小林青樹実行委員会長の趣旨説明からシンポジウムのプログラムがスタートしました。
来場者数は約4百人近くにのぼり、一人一部で限定販売された350冊の予稿集は午前中で完売となりました。
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by yatikuriken | 2017-02-21 20:51 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 16日

岩名天神前遺跡のシンポジウム予稿集が完成しました

2月16日(木)、佐倉市市民活動サポートセンターにて、幹事数名で予稿集の印刷・製本作業を無事終了し、2月19日岩名天神前遺跡のシンポジウムへ向けての準備が整いました。
33ページの立派な内容の予稿集です。限定350冊、先着順一冊500円(講演会聴講は無料)で配布します。必要な方はお早めにご来場ください。

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by yatikuriken | 2017-02-16 20:42 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2016年 10月 24日

2017.2.19 「岩名天神前遺跡と再葬墓の時代」シンポジウム ポスター

2017.2.19 「岩名天神前遺跡と再葬墓の時代」シンポジウムのポスターができました。

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佐藤兼理さんのデザインで、Wは印旛沼、赤い点は天神前遺跡の場所をデザインしたとのことです。

印刷用版下(PDFファイル)が必要な方は、事務局までご連絡ください。
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by yatikuriken | 2016-10-24 10:15 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2016年 08月 29日

「佐倉市岩名天神前遺跡公開シンポジウム実行委員会」入会へのお誘い

                                                      2016年9月吉日
         「佐倉市岩名天神前遺跡公開シンポジウム実行委員会」入会へのお誘い  

                                 佐倉市岩名天神前遺跡公開シンポジウム実行委員会
                                     委員長(奈良大学文化財学科教授) 小林 青樹

京成佐倉駅から徒歩5分のところにある岩名天神前遺跡は、1963年から1964年にかけて明治大学の杉原荘介博士が発掘した縄文時代晩期から弥生時代中期の遺跡です。弥生時代の土坑に納められた複数の壺の中に人骨が入っていたことから、それまで謎とされてきた遺構の性格は墓であることが確認され、しかも遺体を複数回処理する再葬墓であることがはじめて明らかになりました。この成果によって、本遺跡は、考古学研究の歴史上でも極めて重要な位置を占め、全国的に有名になりました。
岩名天神前遺跡の発掘から50年がすぎ、再葬墓に象徴される東日本における初期弥生時代の研究は着実に進みました。しかし、当時の人々の衣食住などについては不明な点が多く、謎の時代ともされています。また、こうした重要な遺跡であるにもかかわらず、残念ながら地元ではあまり知られていません。
印旛沼周辺地域の特性と文化遺産の重要性を市民とともに学ぶ継続的な研究活動を目的に、2005年12月に結成された八千代栗谷遺跡研究会では、2006年にシンポジウム「印旛沼周辺の弥生土器」を開催し、その後も八千代市域や佐倉市域を中心に、学習会や見学会などを続けてきました。
今般、岩名天神前遺跡発掘50年を記念して、同遺跡と再葬墓の時代をテーマに、市民と研究者がともに考えるシンポジウムを実施したいと考え、「佐倉市岩名天神前遺跡公開シンポジウム実行委員会」を組織いたしました。今回も、前回の2006年のシンポジウムと同じく、行政や財団などの主催ではなく、「市民の考古学」の趣旨に賛同する研究者と市民ボランティアによる学術的なシンポジウムの開催となります。
つきましては、資料をご参照の上、趣旨にご理解をいただき、佐倉市岩名天神前遺跡公開シンポジウム実行委員会の実行委員、または賛助会員としてご参加・ご協力いただきたく、よろしくお願い申し上げます。

会費は次のとおりです。実行委員及び賛助会員の方は、ご希望されない方を除いて、当日資料集にご芳名を掲載し、併せて資料集を無料にて進呈いたします。
 (1)実行委員 1口 10,000円 1口以上
 (2)賛助会員 1口  5,000円 1口以上
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by yatikuriken | 2016-08-29 22:06 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)