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2006年 07月 28日
(株)地域新聞社発行の「地域新聞」7月28日号の東葉版と八千代台版に、「市民講演会」のレポート記事が掲載されました。 内容の紹介も、要点を簡潔かつ丁寧で、会場の感動を伝える文章です。 記者のご好意に感謝し、掲載させていただきました。 ![]() 2006年 07月 14日
明日15日発行の「広報やちよ」の7.15版に「シンポジウム&市民講演会」の記事が掲載されます。 八千代市民の方は、明日の新聞折込の束をよく見てね。 近日中なら市内の駅や公共機関にもあるでしょう。 これは14日夕方勝田台駅の広報用スタンドから持ってきました。 ![]() 2006年 07月 08日
まことに恐れ入りますが、お手持ちの予稿集に間違いが見つかりましたので、お手数ですが修正してください。 シンポジウム「印旛沼周辺の弥生土器」予稿集 正誤表 ページ行 誤 → 正 7 3.砂沢遺跡の水田跡(福岡・前期) → 3.砂沢遺跡の水田跡(青森・前期) 11 32 捕捉 → 補足 17 21 数百基におよび →数百基におよぶ 17 21 撚系文 → 撚糸文 19 5 方形集溝墓 → 方形周溝墓 20 2 管地の台→ 菅地の台 21 14 出土時 → 出土土器 27 13 内容の内容も → 内容も 27 22 (第2図) → (第3図) 28 16 (第5図上) → (第5図下) 32 第9図 RL+結節→ LR+結節 33 22 付加縄文 → 付加条縄文 36 13 2・4は →2・5は 36 16 3・5は →4・6は 38 第1表 (栗谷A081住の備考欄)栗谷式 → 削除 38 第1表 (栗谷A083住の備考欄)空欄 → 栗谷式 38 第1表 (栗谷A151住の在地系土器群の胴部縄文欄)- → ○ 41 25 多い物 → 多いもの 47 28 このて → この手 49 最下 空欄 → 第1図 茨城県域(南部)と印旛沼周辺の編年対比 53 14 成出現 → 成が出現 59 左上 → 第Ⅲ部 126 表 1938 → 1939 2006年 07月 05日
7月2日の午後のシンポジウムの様子です。 「課題の抽出」 宮澤久史氏の①栗谷遺跡の調査成果の発表と 高花 宏行氏の②「臼井南式」の枠組みと「栗谷式」についての報告がされました。 スライドは「臼井南式」の基準となる臼井南遺跡群石神第Ⅰ地点第37号出土土器 ![]() シンポジウム「臼井南式」と「栗谷式」 ![]() 司会は 小倉 淳一氏と 齋藤 弘道氏。 パネラーは宮澤 久史、高花 宏行、菊池 健一、小玉 秀成、深谷 昇の各氏 ![]() 会員用会議室には、より詳細な画像をUPしています。 2006年 07月 05日
7月2日の午前中のシンポジウムのハイライトです。 午前中は、パネルディスカッション「臼井南式設定の研究の歩み」 ![]() パネラーは海老澤 稔氏、熊野 正也氏、鈴木 正博氏です。 1970年代の臼井駅周辺の大開発に伴う土器資料の検討から熊野正也氏及び鈴木正博氏により「臼井南式」が設定されたころを振り返り、研究史の真相にせまる内容でした。 ![]() 会場は2日目も聴講者でいっぱい! ![]() 休憩時間は、土器の展示が今日も盛況でした。 ![]() 会員用会議室には、より詳細な画像をUPしています。 2006年 07月 02日
7月1日の市民講演会の様子です。 司会は 古代史の増尾 伸一郎氏 栗谷遺跡の上に建つ東京成徳大学の先生です。 ![]() 大塚初重実行委員長の趣旨説明「考古学と市民参加」 大戦直後の登呂遺跡発掘のご経験から現代の八千代の遺跡や文化財のお話まで、感動的な講演でした。 ![]() 小倉 淳一氏(法政大学専任講師)基調講演「東日本の弥生文化」 弥生研究の最前線から、初めての市民にもわかりやすく弥生文化の特色やその展開を紹介いただきました。 ![]() 田中裕氏報告「八千代は弥生文化の交差点」 「八千代は内水面交通の要としてのムラが展開し、異なる地域をつなぐ交差点となった」と興味深い報告でした。 ![]() 体験タイム「附加条縄文を作ろう!」 土器を装飾する「附加条縄文」のなぞを、手の込んだ縄文原体を実際作ってみて、粘土に転がして解き明かす市民講座ならではの人気の企画でした。 講師は峰村 篤さん ![]() ![]() ![]() 栗谷遺跡などの遺跡から出土した土器の展示 臼井南遺跡群・江原台遺跡(佐倉市)、あじき台遺跡(栄町)の研究史上重要な土器も出品され、市民もプロも食い入るように観察していました。 ![]() 会場を埋めたたくさんの市民が最後まで熱心に聴講 明日の学術シンポジウムへむけての知識のウォーミングアップにもなった市民講演会でした。 ![]() ☆7月2日のシンポジウムの報告は少々お待ちください。 ☆ご参加された方はぜひ、この記事の「Comments」をクリックしてご感想をお書込みください。 2006年 07月 01日
栗谷(くりや)遺跡のおもしろさ [栗谷遺跡の位置] 栗谷遺跡は八千代市北東部の保品地区に所在し、遺跡北側に新川を臨む台地の先端から平坦部に位置しています。 栗谷遺跡の所在する台地は、印旛沼までほど近く、二つの谷津に囲まれた舌状台地で、標高は20~24mです。 現在は住宅地と東京成徳大学が建設され、発掘調査前とは、景色が一変しています。 栗谷遺跡と同じ開発目的で調査された周辺の遺跡としては、上谷(かみや)遺跡、役山東(やくやまひがし)遺跡、向境(むかいさかい)遺跡、境堀(さかいほり)遺跡などがあり、開発範囲を超えてもなお、遺跡が広がっていることが知られています。 [遺跡の概要] 栗谷遺跡は、縄文時代~近代に至るまで実に様々な時代の住居跡や土器などが出土しています。 栗谷遺跡は一つの台地全体を調査することができ、どの時代を見ても、その時代のムラの姿を全体として知ることができる数少ない遺跡と言えます。 特に弥生時代では大きな成果を挙げました。 弥生中期では、竪穴住居跡が5軒と方形周溝墓と呼ばれるお墓が11基調査され、集落を住まいとお墓の両面から考えることができました。 また、今回話題とする弥生後期では、住居跡の総数は92軒にのぼり、印旛沼南岸(八千代市・佐倉市・成田市)で最大級の弥生時代最大級の弥生後期の集落遺跡となりました。 [出土遺物の概要] 調査された竪穴住居跡等の時代と同様に、縄文土器~平安時代に至る土器をはじめ、石器や金属製品など様々なものが出土しました。 特に注目されるのは、やはり弥生時代後期の土器群でしょう。印旛沼沿岸の弥生土器の特徴として、甕の胴体部分に縄目模様をつけ、口の部分を輪積みの段々模様をつけることが挙げられます。 栗谷遺跡でもそうした特長を持つ土器がたくさん出土しました。 ただ、そうした土器の中に、栗谷遺跡ならではの模様や形をした土器も有りそうなことも判ってきました。これからの検討が楽しみなところでもあります。 皆さんも、これをきっかけとして、栗谷遺跡のこと、八千代市の弥生時代のことなどを考えてみてはいかがでしょう。 ------------------------------------------------------------- 本講演会・シンポジウムの主催団体について 今回の栗谷遺跡に関する市民講演会と学術シンポジウムは、若手考古学研究者と考古学や郷土史に興味のある市民が中心になって企画し、実行委員会(委員長・大塚初重明治大学名誉教授)を設立して実施しました。 研究者と市民ボランティアによる学術的なシンポジウムとして、市民の考古学と地域研究の「はじめの一歩」となれば幸いです。 シンポジウム「印旛沼周辺の弥生土器」実行委員会 2006年 06月 21日
シンポジウム「印旛沼周辺の弥生土器」&市民講演会のお知らせ 主催:「シンポジウム印旛沼周辺の弥生土器」実行委員会 実行委員長・大塚 初重 共催:八千代栗谷遺跡研究会 後援:八千代市教育委員会 協賛団体:「弥生道場」 「房総地域文化研究プロジェクト」 印旛沼に面する八千代市内北部の栗谷遺跡からは、弥生中期の集落・方形周溝墓群と弥生後期の大集落が土器などの遺物を伴って見つかっています。 この遺跡と出土土器の研究活動を行う中で、印旛沼周辺地域における弥生土器の枠組みを整理再検討する必要性を認識し、「シンポジウム印旛沼周辺の弥生土器」実行委員会を設立して、栗谷遺跡と印旛沼周辺の弥生土器に関する学術シンポジウム及び市民講演会を行うことにいたしました。 つきましては、下記の日程で行われる2日間の市民講演会と学術シンポジウムに、ご参集くださるようお願い申し上げます。 ○ 会場 勝田台文化センター(八千代市 京成・東葉勝田台駅南口より徒歩5分・両日とも) ○ 入場無料(資料代実費) シンポジウム「印旛沼周辺の弥生土器」&市民講演会プログラム ○7月1日(土) 13:00~17:30(開場 12:30) 市民講演会 「八千代は弥生文化の交差点-栗谷遺跡の面白さ-」 (1)趣旨説明「考古学と市民参加」 ・・・・ 明治大学名誉教授 大塚 初重 ・・・ 13:00~13:30 (2)基調講演「東日本の弥生文化」 ・・・・ 法政大学専任講師 小倉 淳一 ・・・ 13:30~14:45 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 休 憩(14:45~15:00) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3)報告「八千代は弥生文化の交差点」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 田中 裕 ・・・ 15:00~15:45 (4)報告「栗谷遺跡の面白さ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 宮澤 久史 ・・・ 15:45~16:30 (5)体験タイム「附加条縄文を作ろう!」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 峰村 篤 ・・・ 16:30~17:15 (6)実行委員長コメント ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大塚 初重 ・・・ 17:15~17:30 司会 増尾 伸一郎(東京成徳大学) ○7月2日(日) 10:00~16:15(開場 9:30) シンポジウム『印旛沼周辺の弥生土器-「臼井南式」と「栗谷式」-』 (1)パネルディスカッション「臼井南式設定の研究の歩み」 パネラー 海老澤 稔、熊野 正也、鈴木 正博(司会 高花 宏行)・・・・・・・ 10:00~11:30 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 休憩・土器の見学(11:30~12:30) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2)課題の抽出 ①栗谷遺跡の調査成果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 宮澤 久史 ・・・ 12:30~13:15 ②「臼井南式」の枠組みと「栗谷式」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 高花 宏行 ・・・ 13:15~14:00 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 休 憩(14:00~14:15) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3)シンポジウム「臼井南式」と「栗谷式」 パネラー 菊池 健一、小玉 秀成、高花 宏行、深谷 昇、宮澤 久史 (司会 小倉 淳一、齋藤 弘道)・・・・・ 14:15~16:00 (4)実行委員長挨拶 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大塚 初重 ・・・ 16:00~16:15 ○その他 (1)栗谷遺跡(八千代市)、臼井南遺跡群・江原台遺跡(佐倉市)、あじき台遺跡(栄町) 出土土器の展示 (2)附加条縄文を転がす体験コーナー(附加条グッズ) 2006年 06月 21日
シンポジウム「印旛沼周辺の弥生土器」&市民講演会 予稿集 目次 会則 目次 プログラム 序-シンポジウム開催にあたって‐ ・・・・・・・・・・・・・・ シンポジウム実行委員会 ・・・・・1 第Ⅰ部 市民講演会 八千代は弥生文化の交差点-栗谷遺跡の面白さ- (1)趣旨説明「考古学と市民参加」・・・・・・・・・・・・ 明治大学名誉教授 大塚 初重 ・・・2 (2)基調講演「東日本の弥生文化」・・・・・・・・・・・・ 法政大学専任講師 小倉 淳一・・・5 (3)報告「八千代は弥生文化の交差点」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 田中 裕 ・・・・・・11 (4)報告「栗谷遺跡の面白さ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 宮澤 久史 ・・・・・17 (5)体験タイム「附加条縄文を作ろう!」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 峰村 篤 ・・・・・・27 第Ⅱ部 シンポジウム『印旛沼周辺の弥生土器-「臼井南式」と「栗谷式」-』 (1)臼井南式土器提起への歩み ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 柿沼 修平 ・・・・・・33 (2)「臼井南式」の枠組みと「栗谷式」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 高花 宏行 ・・・・・・35 (3)周辺地域の様相1「上総地域から」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 菊池 健一 ・・・・・・41 周辺地域の様相2「茨城県から」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 小玉 秀成・・・・・・・47 周辺地域の様相3「栃木県から」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 深谷 昇 ・・・・・・・・・53 第Ⅲ部 資料 (1)栗谷遺跡、道地遺跡、臼井南遺跡群、江原台遺跡、 あじき台遺跡、船尾白幡遺跡出土土器一覧 ・・・・・・高花 宏行、宮澤 久史 ・・・59 (2)下総後期弥生土器研究の歩み ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 齋藤 瑞穂・・・・ 109 (3)弥生時代後期遺跡一覧表 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・128 第Ⅳ部 栗谷遺跡周辺の史跡と自然 (1)旧村保品・神野の歴史と民俗探訪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 蕨 由美 ・・・・・・133 (2)保品周辺の自然について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 酒井 正男 ・・・・・140 (3)保品・神野の先史遺跡 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 常松 成人 ・・・・・141 附 八千代栗谷遺跡研究会&シンポジウム実行委員会の活動、実行委員名簿 ・・・・147 表 紙 八千代市栗谷遺跡A080号住居跡出土土器 裏表紙 八千代市栗谷遺跡A057号住居跡出土土器 2006年 06月 17日
シンポジウム「印旛沼周辺の弥生土器」&市民講演会のお知らせ記事が、「広報やちよ」6月15日号に掲載されました。 郷土博物館の企画展の案内のすぐ下ですので、歴史に関心のある市民の目に留めていただければ、うれしいですね。 ![]() |
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