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2018年 09月 24日

2018年9月23日 井野長割遺跡と井野城跡の講演会&見学会の報告

2018年9月23日(日)午後1時から、佐倉市志津コミュニティセンターにて、講演会を開催、井野長割遺跡と井野城跡など佐倉市井野地区の遺跡について勉強し、午後3時過ぎからは、両遺跡中心にユーカリが丘周辺の遺跡や史跡を歩く見学会を行いました。
参加者は21名(見学会15名)で、天候にも恵まれ、有意義で楽しい講演会&見学会でした。

プログラム
☆ 報告:「井野長割遺跡と井野城跡を発掘して」講師:杉山祐一
☆ 講演:「井野長割遺跡と馬場小室山遺跡の類似点と相違点」講師:常松成人
☆ 井野の史跡ウォーク 15:10~17:00 案内は、福井善樹さん 
志津コミセン=井野長割遺跡=梵天塚・庚申塔=千手院=井野城跡(八社大神)=モノレール中学校駅= 17:30からユーカリが丘駅前居酒屋で懇親会

井野の新旧地図(「歴史的農業環境閲覧システム」の明治初期「迅速測図」を使用)
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1.報告「井野長割遺跡と井野城跡を発掘して」 講師は杉山祐一さん
縄文の環状盛土遺構の井野長割遺跡の第9次調査に従事、遺跡右側の「通路」と推定される遺構を検出。井野城跡遺跡では、印波郡日理(わたり)郷の一部の古代集落を検出、中世の「台地堀込型」の屋敷跡があきらかになった。

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2.講演「井野長割遺跡と馬場小室山遺跡の類似点と相違点」 講師は常松成人さん
井野長割遺跡と馬場小室山遺跡は共に環状盛土遺構で、共に昭和44年の発見、平成27年にまとまった報告書が刊行。国史跡の井野長割遺跡は縄文後晩期、埼玉県指定の馬場小室山遺跡は広範囲な縄文中期遺構と後晩期の盛土遺構からなる、等々・・・。

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3.見学会のコースと臼井氏についての説明は福井善樹さん
井野の千手院について、 臼井氏から小竹氏へ勢力が移る中で、14世紀に小竹氏により、臼井山神からこの地に移動させたことが史料研究でわかってきた、等々・・・。

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4.井野地区の見学会は、縄文後晩期の環状盛土遺構で国史跡の井野長割遺跡から、この縄文のムラの水場でもあったであろう厳島神社の池を見て、井野のムラ往還を通り、井野城跡の八社神社まで歩きました。

井野コミュニティセンターから歩いて井野長割遺跡へ。

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井野長割遺跡にて、縄文人が谷を埋め立てた遺跡東側の斜面を見る。
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井野長割遺跡にて、環状盛土遺構のマウンド1の脇の縄文の道を歩く

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遺跡の西側の谷頭の湧水池は、開発で様変わりし、団地内の雨水調節池の一角をフェンスで囲んだ小さな祠だけという、極めて殺風景な「遊水池」と化していますが、厳島神社は残っていました。

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井野のムラ往還の道の分岐の「かやた・たかもと・大ハた」を示す道しるべを兼ねた聖観音像を刻んだ秩父巡拝塔

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井野の千手院

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井野城跡の台地を眺める

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井野城跡があった台地には、まだ八社大神の森が残り、中世の遺構が眠っています。

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5.夜は、ユーカリが丘駅の居酒屋での懇親会。こちらも盛況でした。

13年前の2005年に作成したホームページ。
12.井野長割遺跡 < 縄文遺跡のある風景 in印旛沼周辺の遺跡群
今はイオンタウンなど大規模開発が進んで、周りの雰囲気はすっかり変わっていました。


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# by yatikuriken | 2018-09-24 18:27 | ☆活動日誌 | Comments(0)
2018年 08月 01日

2018.9.23 秋の講演&見学会 in佐倉市井野

八千代栗谷遺跡研究会 主催 H30年第4回研究会

やちくりけん秋の講演&見学会 in佐倉市井野

☆日時:923日(日) 

☆集合:1300 志津コミュニティセンター

3会議室 山万ユーカリが丘線公園駅前

☆プログラム

1.報告:「井野長割遺跡遺跡と井野城跡を発掘して」

講師:杉山祐一

2.講演:「井野長割遺跡と馬場小室山遺跡の類似点と相違点」  
講師:常松成人

3.井野の史跡ウォーク 15001640

案内:福井善樹 歩程:3.6Km 

   志津コミセン=井野長割遺跡=梵天塚・庚申塔=千手院=井野城跡(八神大社)=モノレール中学校駅

4.懇親会 1700からユーカリが丘駅付近にて


☆参加の方は、当日連絡先とともに、下記のどちらかへ、必ずご連絡ください。

常松 Tel 090-1120-4098 蕨 Eメール sawarabi-y◎nifty.com(◎=@


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# by yatikuriken | 2018-08-01 15:02 | ☆やちくりけんからのお知らせ | Comments(0)
2018年 05月 25日

2018年5月20日(日)四街道市物井地区史跡見学会のルポ

本会主催の見学会「古代の物部郷 物井コースを歩く」は、5月20日(日)午後1時、JR物井駅改札口に集合。
好天気の中、常松さんと四街道市教委のIさんのご案内で、13名の参加し、たのしく行われました。

☆コースは物井駅→天照皇大神社→スダジイ→円福寺→古屋城跡→御山の不動堂→物井古墳広場→長岡の念仏塔→長岡の石塔群→栗山の馬頭観音→栗山香取神社→栗山馬洗の秩父三十四番供養塔→バス停「馬洗」→四街道駅

物井駅から物井の旧村へ
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物井駅近くの路傍の、「もねの里」開発で新しくされた最新!の「道祖神神社」
開発でここに移転したのでしょう。ボンテンをたてる行事は今もここで行われているようです。
(あらあら、信州の双体道祖神が。道祖神というと現代はこの像がイメージされるのでしょう。)

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物井の旧村のスダジイの巨木

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もねの里の開発で様変わりした古屋城跡付近



古屋城跡
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城跡を整備した公園の入口にて
古屋城跡では、中世城郭について遠山先生に詳しく説明いただきました。
⇒四街道市のHP「古屋城跡広場」
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御山の不動堂
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光明真言五十万遍読誦塔 天和2年(1682)

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不動堂内(飯縄権現立像が左の童子像の右奥に見える) 

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秋葉権現立像(江戸初期) 阿弥陀如来坐像(寛永頃)  大日如来坐像(寛永頃)

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長岡の路傍の石塔
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東関東自動車道をわたる長岡橋のたもとに、
寛文13年の阿弥陀像の庚申塔(台石に三猿・ 「おたけ」など女性名も多い)と、万延元年の文字「庚申塔」があります。

長岡石塔群

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享保3年の地蔵像塔 寛保3年の十九夜塔 安政4年の子安像塔 文化8年の子安像塔

長岡石塔群からの総武線の眺め
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栗山の蓮華寺
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栗山の蓮華寺門前にて
享和元年の馬頭観音塔  各村々の名が刻まれている。
かつては佐倉~寒川の年貢街道「馬洗」交差点の人馬の休憩地にあったという。

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蓮華寺境内の女人講石造物群


栗山~馬洗の路傍にて

大正6年の秩父巡拝塔道標
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お疲れ様でした。                by.蕨由美


                                      

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# by yatikuriken | 2018-05-25 14:13 | ☆活動日誌 | Comments(0)
2018年 05月 14日

5/20 四街道市物井の史跡見学会のお知らせ

5/20 八千代栗谷遺跡研究会主催の四街道市物井の史跡見学会のお知らせ

見学会「古代の物部郷 物井コースを歩く」
集合:5月20日(日)午後1時、JR物井駅改札口

<主な見学箇所>
 物井駅→天照皇大神社→スダジイ→円福寺→古屋城跡→御山の不動堂→物井古墳広場→長岡の念仏塔→長岡の石塔群→むくろじの里山→栗山の馬頭観音→栗山香取神社→たろやまの郷→栗山馬洗の秩父三十四番供養塔→バス停「馬洗」→四街道駅

参加申込みは、この記事のコメントで、またはEメールでお知らせください。

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# by yatikuriken | 2018-05-14 13:00 | ☆やちくりけんからのお知らせ | Comments(0)
2018年 02月 26日

2/25八千代栗谷遺跡研究会学習会の報告

2018225日(日)午後1時半から、佐倉コミュニティセンターで八千代栗谷遺跡研究会の学習会を開催しました。
曇天の肌寒い中、地域の一般の方や研究者など25名が参加され、コメントや質疑などで盛り上がり、熱気ある学習会でした。

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内容:

1. 高花宏行氏の「白井市一本桜南遺跡の古墳時代集落」

=高品位の川床酸性砂鉄が入っていた赤彩の小型壷が検出された古墳時代出現期の集落遺跡についてと、周辺の製鉄関連遺跡についての報告=

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2. 常松成人氏の「縄文時代遺跡としての岩名天神前遺跡・補遺」

=『やちくりけん』2号の同論文の文献引用でもらした助川寛氏採集資料を紹介した阿部芳郎・松丸信治氏の論文を補遺として紹介=

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3. 安井健一氏の「四街道市嶋越遺跡出土土偶の再検討」

130点の土偶片が出土した嶋越遺跡についてと、同遺跡資料と印旛沼周辺から東北までの土偶事例から縄文後期の山形土偶成立に至る土偶の系譜についての講演=

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会場には、「たたら研究会」の穴澤義功氏がおみえになり、高花さんの報告の製鉄遺跡の関連について、下記のような貴重なコメントをいただきました。

1.一本桜南遺跡の小壺中の砂鉄は関東圏外からもちこまれた武具の柄の滑り止め用か、

2.弥生時代に砂鉄による製鉄は行っていない。

3.3世紀後半の八千代市沖塚遺跡の炉跡は鍛冶炉で、原料は朝鮮北部産故鉄。覆土中の砂鉄は自然砂鉄で原料用ではない。

4.玉作り用に、鉄製錐が使われるようになる。八千代市川崎山遺跡出土の針状鉄器はその可能性が大。

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午後4時半に学習会を終了し、会場の撤収作業を終えて、退出。近くの居酒屋で懇親会を開きました。

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# by yatikuriken | 2018-02-26 16:22 | ☆活動日誌 | Comments(2)
2018年 01月 24日

2/25 八千代栗谷遺跡研究会学習会のお知らせ



日時:2018年2月25日(日午後1時30分~午後4時20分
場所:佐倉コミュニティセンター 第1&2会議室 
(京成佐倉駅北口直結・駐車場もあり)


内容:

(1)13:40~14:20 報告「白井市一本桜南遺跡の古墳時代集落」
 講師:高花宏行
 一本桜南遺跡では、千葉県内の製鉄関連資料としては最古級の高品位の川床酸性砂鉄が入っていた赤彩の小型壷(白井市有形文化財)が検出されています。
 その一本桜南遺跡の概要について、報告いただきます。

(2)14:30~16:00 講演「四街道市嶋越遺跡出土土偶の再検討」
 講師:安井健一
 嶋越遺跡からは、山形土偶とミミヅク土偶など130点の土偶片が出土していて、特に縄文後期の山形土偶成立に至る資料もあり、注目されています。
 印旛沼周辺から東北までの土偶事例とともに、土偶の系譜をお話いただきます。

(3)連絡事項など  16:10~16:20 


☆ 参加申し込み:2月15日までに、蕨(sawarabi-y●nifty.com ●=@)、または常松(090-1120-4098)までご連絡ください。


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# by yatikuriken | 2018-01-24 10:44 | ☆やちくりけんからのお知らせ | Comments(0)
2018年 01月 22日

2018年新春1月21日(日)の四街道の史跡見学会のルポ

本会主催 2018年新春1月21日(日)の四街道の史跡見学会は、11名が参加して、穏やかな晴天の中、午後1時から四街道駅を起点に8の字に、駅南側の教育委員会のロビー展示、軍都の遺跡、道標、駅南側の神社や和良比堀込城跡などを巡り、午後5時四街道駅に着きました。

☆見学コース
駅北:正岡子規の句碑、教育委員会のロビー展示、松並木、被爆アオギリ、陸軍砲兵学校跡地、大土手山、愛国学園正門、四街道十字路、春日神社
駅南:鹿渡石塔群、名和橋、春日神社、庚申塔、弁天池、皇産霊神社、和良比堀込城

まずは四街道駅北口ロータリーで松岡子規句碑や市の沿革の碑などを見ました。

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四街道駅前の銀行前の「千代田村道路元標」
当初は亀崎にあり、町村合併*などを経てここに移されてあった。

*千代田村(明治22)⇒千代田町(昭和15)⇒四街道町(昭和30)⇒四街道市(昭和56)


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教育委員会ロビー展示を見学。四街道市の歴史や史跡、文化財についての概要をつかみました。
四街道市山梨相ノ谷遺跡出土の弥生土器

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今回の見学会のメインでゴールとなる和良比堀込城の復元模型会のメインでゴールとなる和良比堀込城の復元模型
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かつての四街道駅の模型
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四街道市役所前の、平和都市のシンボル「被爆アオギリ二世」
被爆損傷したが、再生し、広島市平和記念公園に植えられてあったアオギリの種から成長した苗木を2008年に移植したとのこと。
「平和を愛する心 命あるものを大切にする心」のシンボルツリー。
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「砲兵学校跡」記念碑

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「大土手山」と「砲兵射垜の跡」碑
明治6年に佐倉藩砲術練習所に招聘されたルボンが築いたのが起源で「ルボン山」ともいわれ、その後の陸軍砲兵学校と下志津原演習場に拡大していく元となった。

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大土手山頂上から臼井・ユーカリが丘方面を望む。
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大土手山と銅製の灯篭
建築家の大熊忠治氏が600坪の敷地を四街道市に寄贈したコミニュティーセンターの敷地に、銅製の灯篭がありました。
溶接ではなくリベットで接合されていて、格言などが透かし彫りされていました。

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「四街道」の地名由来となった成田・千葉・東金・船橋の四方向の交差点
佐倉藩時代の一里塚跡に市文化財の明治14年建立の石碑が建っています。正面の銘は「南千葉町道/明治十四年十二月吉日」。
一里塚名物の大榎は切られて、「保存樹」の看板と二代目?の若木があります。

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四街道駅南口から東へ。
鹿渡と和良比の境の三叉路の道標つき西国秩父巡拝碑(元治元年)を見る


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小名木春日神社境内の寛文12年の、右下に一猿、左下に一鷄を拝した珍しい像容の庚申塔
めいわ団地造成により、神社と共に現在地へ移転されています。
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和良比の皇産霊神社 本殿
市民俗文化財の「和良比はだか祭り(どろんこ祭り)」が伝えらる神社で、明治の神仏分離令の際に、和良比字中山に祀られていた和良比「大六天社」に、字御屋敷の吉祥院に祀られていた高皇産霊大神が合祀されました。

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 夕暮れ近く、最後の見学地の和良比堀込城跡へ。
教育委員会ロビーの模型と比較して、現在残されている遺構は数分の一ほどで、虎口と土塁・堀の一部が残されるのみ、主郭部分も区画整理で失われていましたが、景観とその規模は、現地に立ってよくわかりました。

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四街道市教委HPによれば、【室町時代の臼井氏は、関東足利家の忠臣・奉行衆として「臼井胤盛」や一族家臣「吉岡盛胤・春胤」などが仕え、主君の守護大名千葉氏から独立性を帯びた一族として下総国内に勢力を保ちました。
そして、室町時代中期頃には一族家臣の「蕨氏(わらびし)」が千葉庄蕨地域(四街道市和良比・美しが丘地区)を治めていたと考えられます。
足利義明は、千葉庄蕨を”関東攻略最前線の要塞”として、小弓公方派で安房国戦国大名の稲村城々主「里見上野入道義通」を配備。敵城(古河公方勢)へ侵攻したことが資料(「足利道哲 書状写」永正17年(1520)か、大永元年(1521)に発給)からわかります。大規模な小弓公方勢主力部隊が和良比堀込城に集結していたことが考えられます。】とのことです。



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# by yatikuriken | 2018-01-22 22:13 | ☆活動日誌 | Comments(2)
2017年 12月 21日

2018.1.21 四街道の史跡見学会のお知らせ

八千代栗谷遺跡研究会主催 

2018新春121四街道史跡見学会 開催のお知らせ

四街道駅を起点に教育委員会のロビー展示、軍都の面影や神社仏閣、和良比堀込城跡などを巡りましょう。

☆ 日時:2018121(日) (雨天の際は中止) 

☆ 集合場所:四街道駅改札口1245(厳守)

千葉駅発 JR総武線銚子行 12141224着 

臼井駅南口発 ちばグリーンバス 12091234

☆ 懇親会:新年会を兼ねて、四街道駅周辺で行います(要予約)

☆ 参加申し込み:110日までに、蕨(sawarabi-y●nifty.com ●=@)、または常松(090-1120-4098までご連絡ください。

☆コース(所要時間や参加者の希望で変更・省略する場合もあります。)

 駅南:和良比堀込城、鹿渡石塔群、名和橋、春日神社、庚申塔、弁天池、皇産霊神社、水神宮、吉祥院、道祖神、地蔵菩薩、

 駅北:教育委員会のロビー展示、正岡子規の句碑、松並木、陸軍砲兵学校跡地、被爆アオギリ、大土手山、愛国学園正門、護国神社、津之守神社、春日神社、四街道十字路

☆ 参照:和良比堀込城の発掘調査報告(下記へリンク)

・「和良比堀込城 四街道市

・「むかしの和良比~1984~ 四街道市



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# by yatikuriken | 2017-12-21 16:08 | ☆やちくりけんからのお知らせ | Comments(0)
2017年 11月 04日

2017.11.3八千代博で学習会を開催しました


2017年11月3日、午後1時15分から、八千代市立郷土博物館で、八千代栗谷遺跡研究会主催の学習会を開き、市民を中心とする36名の参加があり、充実した内容のイベントとなりました。
プログラムは、印西市道作一号墳と八千代市殿内遺跡の調査速報、博物館の企画展「八千代 三万年の足跡」ギャラリートークの後、今回のメインイベント菊池健一氏の講演会「印南地域の古墳時代の始まり」を行い、最後に流山市加村台遺跡の調査速報と盛りだくさんでしたが、それぞれ新鮮で興味深かったです。

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速報「印西市道作一号墳」は、2017年8月26日に行われた現地説明会の写真と印西市教育委員会生涯学習課が提供くださったカラー写真入りの資料を用いて、蕨由美が説明しました。同古墳は印旛沼西岸域で最大の前方後円墳、その後円部頂上部分から箱式石棺が発見されました。
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速報「八千代市殿内遺跡」については、郷土博物館(b地点)とその周辺のa~g地点の地図と調査の概要をプリントで、またこの夏調査したf地点の調査風景と出土した完形の長頸瓶「壺G」写真などを、宮澤久史氏が紹介しました。同遺跡は奈良平安期の竪穴住居跡が多数と掘立建物跡2棟が検出されていて、その比率などから集落の性格の謎が課題とのこす。

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・午後2時からは、八千代市立郷土博物館主催「企画展「八千代 三万年の足跡」ギャラリートークと一緒に聴講・見学しました。
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・午後3時からは、菊池健一氏に「印南地域の古墳時代の始まり」と題してご講演いただきました。
 内容は、八千代市ヲサル山遺跡出土の大郭式土器と浅間内遺跡の前方後方墳、千葉市内野第Ⅰ遺跡の事例ともとに、「弥生時代後期から古墳時代始まりとはどんな時代か?」、東海系や紀伊系の出土土器から考えられる人びとの交流、そして「印南地域の古墳時代の始まり」について、田原窪の環濠集落近くの湧水池の風景、花粉分析データなどを駆使して具体的にお話いただきました。
 菊池さんのライフワークのご研究の一端にも触れられる感動的なご講演でした。
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・最後に、速報「流山市加村台遺跡」について、10月に調査されたリアルタイムの出土画像をスライドで、廣岡秀文氏が紹介されました。(廣岡氏撮影のほか、流山市の北澤さま提供の画像を使用させていただきました。)
流山市立博物館の地続きの同遺跡では、弥生中期宮ノ台式の大型の壺や甕が多数がほぼ完形で出土していました。
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・午後4時半に終了、5時半から勝田台の「いっぽ」で懇親会、美味しい料理とお酒と考古学談義を楽しみました。










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# by yatikuriken | 2017-11-04 12:17 | ☆活動日誌 | Comments(0)
2017年 10月 14日

11/3八千代栗谷遺跡研究会学習会のお知らせ


八千代栗谷遺跡研究会(やちくりけん)主催
  11/3 学習会のお知らせ

日時:2017年11月3日(金・祝)13:15~16:30

場所:八千代市立郷土博物館学習室

日程と内容
13:15 調査速報Ⅰ(1.印西市道作古墳・2.八千代市殿内遺跡)

14:00 企画展「八千代 三万年の足跡」ギャラリートーク
(郷土博物館主催)の聴講と見学

15:00 講演会 
 菊池健一氏「印南地域の古墳時代の始まり」

16:10 調査速報Ⅱ(流山市加村台遺跡)・報告事項他

☆参加申込み:
資料準備のため、10月31日までに、常松(090-1120-4098)
または、蕨(sawarabi-y●nifty.com ●=@)までご連絡ください。
なお、ギャラリートークのみの参加は連絡不要です。

郷土博物館アクセス:東葉高速 村上駅より徒歩10分
勝田台駅南口米本団地行きバスで市営住宅前下車徒歩2分


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# by yatikuriken | 2017-10-14 15:51 | ☆やちくりけんからのお知らせ | Comments(0)
2017年 07月 12日

7/8 八千代市の遺跡についての学習会を開催しました。

2017年7月8日(土)午後1時半から4時20分まで、八千代栗谷遺跡研究会の原点を見つめ直す趣旨で、学習会を開催し、21名が参加しました。

・学習会では、1時半から常松成人氏に「八千代市の歴史について」と、3時から宮澤久史氏に「八千代市における近年の弥生時代調査」の講演をしていただきました。

・ 常松氏は旧石器から古までの八千代市域の特徴ある遺跡・遺物について、スライドを使って紹介され、特に栗谷遺跡と隣り合う上谷遺跡や、萱田地区の墨書土器については、その考古学史まれな質と量であることが再認識されました。

・宮沢氏は、報告書などの図版プリントを用い、全面発掘して全貌が明らかになっている栗谷遺跡の事例を参考に、近年の調査で明らかになった平沢遺跡など、部分調査した調査結果から弥生時代各遺跡の編年と立地、八千代市域の弥生遺跡の特徴について詳しく話され、大変好評でした。

・学習会が終わってからは、有志は村上の根上神社古墳を踏査しながら勝田台へ行き、居酒屋での懇親会を13名で楽しみました。

常松成人氏の「八千代市の歴史について」
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「宮澤久史氏の「八千代市における近年の弥生時代調査」
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根上神社古墳にて
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# by yatikuriken | 2017-07-12 13:40 | ☆活動日誌 | Comments(0)
2017年 07月 12日

岩名天神前遺跡シンポジウム実行委員会総会の報告

2017年7月8日(土)、八千代市郷土博物館にて実行委員21名中11名が参加して、佐倉市岩名天神前遺跡公開シンポジウム実行委員会総会を行いました。
総会では、事前学習会と2月19日のシンポジウム開催および記録集発刊などの事業報告と収支決算の報告、会計監査報告を行い、実行委員会の当初の目的を達成したことをご確認いただき、参加された全委員の承諾をもって、実行委員会を解散いたしました。
なお、総会資料の決算報告(「会員専用室」に掲載、要ログイン)にありますように、収支決算後の残金につきましては、八千代栗谷遺跡研究会への寄付とさせていただきました。
これまでの皆さまのご尽力に心から感謝いたしますとともに、今後ともご指導、ご支援をよろしくお願い申し上げます。
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# by yatikuriken | 2017-07-12 13:14 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 05月 29日

日本考古学協会総会図書交換会でシンポ記録集頒布

5月28日(日)10時~15時半 西巣鴨の大正大学で行われた日本考古学協会総会図書交換会で、2.19岩名天神前遺跡シンポジウムの記録を特集した『やちくりけん』2号と、バックナンバーの創刊号などを販売しました。
おかげさまで、売れ行きは好評で、頒価1,000円の2号は106冊を売上げました。
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# by yatikuriken | 2017-05-29 13:39 | ☆活動日誌 | Comments(0)
2017年 05月 17日

『やちくりけん』2号発刊と7/8学習会のお知らせ

○シンポジウム記録集『やちくりけん』2号発刊・頒布のお知らせ
 2月19日佐倉市岩名天神前遺跡公開シンポジウムについて特集した八千代栗谷遺跡研究会機関誌『やちくりけん』2号を発刊、1冊1,000円にて頒布します。
 予稿集再録のほか、パネルディスカッション討論記録や研究報告、来場者コメントなど、添付の表紙の内容で掲載しています。
 シンポジウムの予稿集については、ご来場者数に対して頒布数が不足し、ご希望に十分にお応えできなかったことをお詫び申し上げると共に、本記録集をお買い求めくださいますよう、お願いいたします。

☆頒布方法
5月28日(日)10時~15時半 日本考古学協会総会図書交換会(大正大学西巣鴨キャンパスで開催URL参照)の八千代栗谷遺跡研究会ブース(763教室机番号31)で頒布します。
②6月から、「六一書房」に委託して頒布します。
 店頭・インターネット・FAXにて購入できます。(送料別)。
 店舗:千代田区神田神保町2-2-22  TEL 03-5213-6161  FAX 03-5213-6160 
③下記の学習会にて頒布します。

○八千代栗谷遺跡研究会学習会のお知らせ
 7月8日(土) 午後1時半~4時
 場所:八千代市立郷土博物館(村上駅より徒歩10分)学習室
 内容:①八千代市域の歴史・文化財ガイド
     ②八千代市域の弥生遺跡調査の最新情報
 申込:6月末日までに、sawarabi–y◎nifty.com(◎→@に替えてください)蕨までご連絡ください。
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# by yatikuriken | 2017-05-17 11:50 | ☆やちくりけんからのお知らせ | Comments(0)
2017年 03月 27日

「千葉日報」掲載の再葬墓シンポジウム聴講記紹介

佐倉市在住の宮武孝吉さまが「千葉日報」読者欄に投稿された2月19日の再葬墓シンポジウム聴講の記事をご紹介します。
宮武様には、心から感謝いたします。
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# by yatikuriken | 2017-03-27 10:55 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 25日

2.19シンポの予稿集完売のお詫びと 記録集発刊の予告

219日(日)公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」には、大勢の皆様にご参加いただきありがとうございました。

一般入場者(賛助会員含む)368名・実行委員19名・講師4名の計391名が参加され、先着順お一人1冊限りで頒布した予稿集は、昼までに完売となりました。

現在、予稿集の追加増刷の予定はありませんが、予稿集購入希望のご連絡を多数いただいていることから、予稿集の内容に加えて、パネルディスカッションの記録や参加者の感想、アンケート集計結果、さらに、シンポジウム前1年間の学習会の講演要旨などを加えた報告集を『やちくりけん』第2号として、527日発刊し、日本考古学協会総会の図書交換会などで頒布することとしました。

つきましては、予稿集ご希望の方は、シンポジウム報告特集掲載の『やちくりけん』第2号をお買い求めくださるよう、お願い申し上げます。

なお、今回のシンポジウムは、10年前の開催した「シンポジウム印旛沼周辺の弥生土器」の実行委員会と同様に、21名の実行委員と15名の賛助会員の会費と奉仕で運営いたしました。これらの皆様に感謝申し上げると共に、至らなかった点につきましてはなにとぞ、ご容赦くださいますようお願いいたします。




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# by yatikuriken | 2017-02-25 14:46 | ☆やちくりけんからのお知らせ | Comments(0)
2017年 02月 25日

講師の先生方と記念撮影

2月19日のシンポジウムのお昼休みに、講師の先生方の記念撮影。
ついでに、近くにいた実行委員も加わって、一緒に撮りました。
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# by yatikuriken | 2017-02-25 14:39 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 22日

2.19岩名天神前遺跡シンポジウム速報 Ⅴ

公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」では、4人の講師のご講演のあと、午後3時から、春成・石川・設楽先生(春成先生いわく「HIS」トリオ!)に登壇いただき、小林青樹委員長の司会でパネルディスカッションを行いました。
司会から、①再葬墓の事態とは、②そのころ何を食べていたか、③再葬墓が消える時代とは、などをテーマに進めようと提案があり、各先生方のヒートアップした討論が繰り広げられました。

 この時代の特徴は、小さなムラが大きなハカを造った時代で、成人への仲間入りの抜歯⇒死者への仲間入りの葬儀が重要視され、再葬は究極の通過儀礼であった。
壺再葬墓の後に方形周溝墓が普及してきても、その溝の隅に立て掛けるような壺再葬墓が営まれ、また遺骨への執着は現代にも継続している。
 抜歯風習の系統から半族による双分性社会であったらしいが、土井ヶ浜では祖先系譜の違う2系統が一緒に再葬されていること、再葬用土器はアワ・キビ・イネ食に伴って普及する貯蔵用壺の転用で、一部は煮炊き痕もみられるとか。(人骨を煮沸したという春成説もあるが、儀礼の煮沸か?)
総じて、日本列島の弥生前中期は、九州ではイネ、東日本ではアワ・キビ主体の複合的農耕が入ってきた文化の転換点であり、そういう意味からも佐倉市の岩名天神前遺跡は、市民のみならず国民にとって重要な遺跡であり、また再調査や過去の調査記録の再検討も必要であると結論付けられました。

 午後4時過ぎに、シンポジウムの日程を終了、聴講の方々が退場したあと、講師の先生と実行委員、一部賛助会員の皆さんで記念撮影をしました。

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# by yatikuriken | 2017-02-22 09:40 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 22日

2.19岩名天神前遺跡シンポジウム速報 Ⅳ

公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」の最後の講演は、石川日出志先生の「東日本弥生文化の変革」。
弥生時代は、縄文の伝統に大陸文化が波及する変貌の時代で、その変化は地域差に富む。壺再葬墓の時代は弥生前期~中期前葉までの関東~東北南部に限られた墓制で、縄文晩期の遺跡の場所に小集落が分散し、縄文のトチ・マメに雑穀と稲作の複合的な生業を営み、再葬の共同儀礼で結束していたらしい。
 そして、中期中葉に壺再葬墓が消え、方形周溝墓が定着する頃、本格的農耕社会が形成される変動の時代となる。
 スライドを駆使したアクティブなご講演で、弥生前中期の具体的な歴史の流れがよくわかりました。

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# by yatikuriken | 2017-02-22 09:31 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)
2017年 02月 22日

2.19岩名天神前遺跡シンポジウム速報 Ⅲ

公開シンポジウム「東国弥生文化の謎を解き明かす~佐倉市岩名天神前遺跡と再葬墓の時代~」午後の部の講演は、設楽博己先生の「再葬墓集団のくらし」と、石川日出志先生の「東日本弥生文化の変革」です。
設楽先生は、住居址や集落、農耕の証拠が少ない東日本の弥生初期~中期前半実態の中で、弥生前期の中屋敷遺跡の炭化種実が米とアワと少量のキビであること、イネの導入にシンクロする壺形土器の比率、土掘り具としての打製石斧の大型化傾向などから、この再葬墓の時代の農耕の形態についてわかりやすくお話され、最後に弥生中期後半の東関東の斜め上を向く人面付土器について、大洞C2式土偶の影響かという興味ある指摘をされました。

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# by yatikuriken | 2017-02-22 09:25 | ☆2017シンポジウム特集 | Comments(0)